第3部 不動産の売却
信用できる業者の選定編
(1) 信用できる業者とは
前回も書いたように、不動産仲介会社は、売却物件の媒介業者になることが一番儲けに繋がることなので、売却を考えている人がいると分かったら、何としてもその媒介契約を獲得したいと熱望します。売主側の業者になれると、その不動産の売却が実現すれば売主から手数料を貰え、買主も自分たちで見付けることができれば、手数料を売主・買主の両方からもらうことができるからです。
なので、複数の業者に査定依頼をすれば、依頼した数だけ営業が来ます。「うちにご依頼いただければ、こんなメリットがあります。」と資料を持参して、しつこい熱心な営業マンは何度も来訪することでしょう。
「信用できる人」だったので依頼した、という話をよく聞くのですが、「信用できる人」かどうかを見抜く、という面接官的な決め方でいいのでしょうか?
数千万円もの売物を任せる業者を選ぶ基準が『感覚』って、なんだかおかしい気がします。
売却の話から少し逸れますが、購入を検討する場合の仲介業者の見極めについて、常々、「人柄」ではなく「アクション(やるべきことをきちんとやるか)」で判断しましょう、と言ってきました。つまり、すごくニコニコしていて親切に対応してくれるけれども、建物の性能評価書や管理組合の議事録などは請求しても中々出してこない業者ではなく、その物件に問題がないか、資料を基に一緒に分析してくれる業者を選ぶべき、という話です。契約日の数日前には、素人である買主さんに対し、その物件は買っても大丈夫なのかを判断する資料を客側から請求しなくても揃えて、当該物件のリスクについて説明し、購入の決断について再確認をする、という「アクション」をとるかどうか、で判断します。買主さんの購入を、専門家の知見によってサポートするのが買主側業者が取るべき当然の姿勢です。
売る時も、基本的な考え方は同じだと思っています。「人柄」ではなく「アクション」が大事です。では、売却の場合、業者はどんな「アクション」を取らないといけないのでしょうか。
(2) 物件の魅力(個別的要因)の見極め
「アクション」の前に、更に疑問点を挙げさせてもらいますが、売却ということは、物件を売る訳ですよね。何を当たり前のことを、とお思いになられると思いますが、通常、売り物の値段って、詳しく調べないと分からない筈です。
特に不動産は、この世にそれと同じものは二つとない“一点モノ※”なので。
※マンションでは、階層も方位も専有面積も間取りも同じ部屋が複数ある場合がありますが、通常、全く同じ不動産というのは、他にありません。
ですが、一括見積サイト等で売却査定を依頼すると、家(部屋)を見てもいないのに査定額が出されたりします。あれは、いわば「仮価格」なのです。言い方を換えますと、売却の媒介契約を取るための『見せ価格』です。これらは、いわゆる「相場」を基に出されます。
【相場】 不動産は“一点モノ”と言いつつ、エリアや築年等である程度の「相場」は形成されています。 この「相場」は、主に過去の売買記録の積み重ねで作られるのですが、いくつか注意するポイントがあります。 [1] 種別・類型・エリア・築年等が似ているとはいえ、所詮、類似の不動産であって、その不動産そのものの売買事例ではないこと。 [2] 所詮、過去の売買事例であり、価格が動いている時期はズレが生じることがあること。 [3] 種別・類型等によっては、相場を判断するための事例が少なかったり、買い進みや売り急ぎなどの異常取引が混じっていることがあること。 「相場」というのは、あくまで参考にすべき指標であり、それが絶対ではないということを頭に入れておきましょう。 |
この「相場」、売値そのものではないものの、売値を決める際の重要な指標であることは間違いがありません。では、個別の不動産の値付けは最終的にどのように決まるのでしょうか?
「相場」と比較して、自分の不動産の持っている強みは? 弱みは?
強みは、プラス査定となり、弱みはマイナス査定となります。このバランスで最終的な価格が決まります。
なので、この『個別的要因』について、調査する姿勢が大切です。売物を任せてもらおうとしているのに、その売物について詳しく知ろうとしない営業マンは結構います。「大丈夫です。任せてください!」と人のいい満面の笑顔を作っておけば大丈夫だと思っている業者は、残念ながら少なくありません。
そういう意味では、この「個別的要因を知ろうとする姿勢」があるか否かは、良い業者かどうかを見極めるためにチェックする最初のポイントかもしれません。
そうして、売却物件の強みと弱みを把握するとともに、買主さんも気付いていない、アピールポイントを見出すことができれば、それは良い業者(営業マン)だといえるでしょう。
(3) 信用できる業者が取るアクション
業者がやるべき「アクション」とは、簡単に言えば「やるべきことをやっているか」ということです。笑顔や人当たりのいい態度ではなく、必要な行動を必要な時に取るかどうかです。
お客様に物件売却を任せてもらい、売却を成功させるために必要な「アクション」とは、
a.個別的要因について分析した資料を持参し、最終売却価格を相談
b.売却に必要となる書類の請求
c.業者ネットワーク(REINS等)への登録
d.売却のフォローをすること。
等です。
a.個別的要因の分析
(2)で書きました個別的要因について、売主と相談します。例えば、幹線道路沿いの物件だった場合に、購入検討者は騒音や粉塵等の懸念を持つのが普通です。それを「音が気になるかは個人差があるので書く必要はないでしょう。」という業者と、「できるだけ正直に書いた上で、プラスの部分を強調しましょう。」という業者でしたら、どちらがいい業者でしょうか?
確かに、音が気になるかは個人差があります。しかし、その物件の情報を読むということは、既にその物件に興味がある訳ですよね。ですが、購入検討者からしたら、いろいろな疑念が浮かびます。数千万円もの買い物なのですから当然です。その疑念は、早めに解消してあげた方が良いのではないでしょうか?
幹線道路沿いの物件に興味を持ってくれた購入検討者なのですから、「近くで火事があったときは、消防車のサイレン等はすごく聞こえましたが、普段はさほど気になるレベルじゃないですよ。」等の道路沿いであることによる騒音の程度を事前に教えてあげた方が、却って、その物件のプラスの面に目が行きやすいと思います。
マイナス面を隠そうとする業者は、基本的に隠ぺい姿勢が身に付いているので、そんな業者に任せると、後々トラブルが生じる可能性が高いです。最悪、後に瑕疵が見付かり、売主責任を問われるような事態になることもあり得ます。
自分の物件の悪い面にもきちんと目を向けてくれ、そのマイナス面を上回るプラスをアピールする方法を一緒に考えてくれる業者を選びましょう。
b.必要書類
これは基本的なことなので、これができない業者はいないと思っています。売主側業者となった場合に、業者が売主に揃えてくださいと依頼する必要書類は以下の通りです。
i ) 分譲時のパンフレットや建築設計図書(工事記録書)等
ii ) 性能評価書等の建物の性能が記載された資料
iii ) 固定資産税評価証明書及び納税通知書
iV ) 告知書(物件状況説明書)
V ) 登記簿謄本(登記事項証明書)
Vi ) 登記済権利書(登記識別情報)
Vii ) 身分証明書(売主の本人確認は、非常に重要です)
Viii ) 実印及び印鑑証明書
iX ) ローン返済(残高)証明書
X ) 不動産取得時の契約書・重要事項説明書
Xi ) マンションの管理規約等、管理組合の総会議事録及び長期修繕計画書
Xii ) 間取りや設備に関する説明書
※売却するのがマンションではなく、土地や戸建ての場合、多少必要書類が異なります。
※登記記録と現住所が異なる場合等、更に書類が必要となることがあります。
これらの提出を求めるとともに、書類を読み込んで、内容に関する疑問点を売主に質問して、更なるセールスポイントを見付けようとする姿勢が必要です。
売却がスムースに運ぶように、内見希望者が現れた際や買付証明書が入った際、売買契約を交わす日や引き渡しの日等の各段階に応じて、適宜必要な書類に関してアドバイスとサポートを与えてくれる必要があります。
c.REINS等への登録
売主と「専属専任媒介契約」もしくは「専任媒介契約」を結んだ場合には、業者ネットワークであるREINSへの物件の登録が法律で義務付けられています。REINSに登録されれば、全国の不動産会社がこの物件の情報を知ることができます。
※「媒介契約」の違いについては、説明しているサイトが他に沢山あるので、ここでは省きます。
法律で義務付けられていることをやらない訳はないんですが、両手仲介を狙っている業者は、他の業者の目に触れることになるREINSへの登録を渋る傾向があります。REINSへの登録が済むと「登録証明書」が発行されるので、その提出を求めましょう。
【両手仲介(囲い込み)】 購入希望者が現れた際、気を付けたいのは、その購入希望者がどこでこの物件を見付けたかです。売主が媒介契約を交わしている業者の自社ホームページ等で集客した場合、売主の利益を一番に考えてくれなくなる可能性があります。 そのカラクリは“両手仲介”と言われる業界の慣習にあります。日本では仕組みとして、売主側業者が買主側の業者にもなれるので、両方から手数料を取ることができるのです。この問題点を例示します。当初7,000万円で売り出しをかけた物件に、自社ホームページで集客した購入希望者が「6,000万円なら買う」と指値をしてきた場合、この業者はどのような行動をとるでしょうか? 仲介業者の手数料は、売買価格 × 3%程度※と、売買価格と比例する形態です。売買価格が高ければ高いほど手数料も高くなるので、業者はなるべく高い価格で話をまとめたい筈だと思いますよね。片手仲介(売主側業者だけの立場)の場合なら、その通りです。 これが両手仲介だと、6,000万円 × 3%※ = 186万円 を売主・買主の両方からもらえるので、倍の372万円が手数料収入となります。片手仲介で、 7,000万円で売れた場合の手数料〔 7,000万円 × 3%※ = 216万円 〕より150万円以上も多くなるんです。 これでは、売主と買主のどちらを優先したくなるか、分かりますよね。これは、業者の誠実さの問題でもありますが、それよりも経済合理性を追求する民間企業にこの制度を認めてしまっている国交省の問題だと思います。やっぱり両手仲介は、法律で禁止すべきです。 ※ 実際の仲介手数料(税抜き)は、売買価格 × 3% + 6万円 です(価格が400万円超の物件の場合)。なので、売買価格から求めた上記の式の手数料には、この6万円を加えています。また、分かりやすくするために上記の式では含めませんでしたが、ここから更に消費税も必要となります。 |
d.売却のフォロー
家の売却を何回もやっているなんて人はすごく珍しいです。ほとんどの人が初めての家の売却です。「分からない」ことを利用するのではなく、先回りして必要なことを報告・連絡・相談する姿勢が欲しいところです。
そういう中で必要な「アクション」としては、「媒介契約締結“前”」であれば、『物件の魅力を知る姿勢』(物件について、いろいろ質問をしてこない業者はダメでしょう。)、「媒介契約締結“後”」なら、『報・連・相』をマメにするかどうかでしょうね。ホームページにアクセスが何件あったとか、問い合わせの電話が何件あったとか、こういうことを質問されたとか、週に1度はレポートが欲しいです。
また、売却に関して、更に付け加えるなら、
インターネットで購入物件を探すのが当たり前となった昨今、インターネットをどれだけ活用できるのか、ということも非常に重要な要素となります。
e.売却のストーリー
売却は、ストーリー作りから始まると言ってもいいのではないでしょうか。売るのは、ただの“モノ”ではありません。購入する人は、その家でこれから生活する訳です。
誤解していただきたくないですが、性能評価書や管理組合の議事録等の建物のスペック情報を軽視する訳ではありません。それらの基本情報を提供するのは前提です。スペック情報や告知事項等を秘匿して(購入者を騙して)、高く売ろうとお考えの方は、隠ぺい体質の会社と取引してください。
建物としての基本情報を誠実に提供するとともに、その基本情報だけでは伝わらない“生活実感”などを伝えるべきなのです。ここに住んで、こんなことがあった、ここに住んでいてよかったと思った、等のエピソードを購入者に伝えていただきたいと思っています。
SUUMOやathome、home’s、Yahoo!不動産等のポータルサイトに掲載するという物件情報へのアクセスを促す手法もさることながら、ホームページのメリットは、情報をいくらでも掲載できるという点です。
別の言い方をしますと、紙媒体では紙面(文字数やスペース)の制約があり、家のスペックくらいしか書けません。「都心で快適な通勤生活!」等のキャッチコピーを目にすることはありますが、ホームページでしたら、キャッチコピーだけにとどまらず、そこの家に住むことになると、このような生活が待っている、ということを“ストーリー”として提示することができます。
売却物件ごとに1ページ(複数ページにしてもいいですが)のストーリー付きホームページを作成してもいいと思うのです。消費者は、そのストーリーを読みたがっています。自分の家の長所を余すところなく伝えたい、と思う方は、ホームページの作成にも通じている会社を選ぶといいでしょう。
(4) 大手の方が信用できるか
これは、前回も触れた内容ですが、結論からいうと、不動産仲介会社に関しては、大手だからと言って信頼できるということは残念ながらないです。逆に大手の方が先に触れた「両手仲介」を狙い過ぎてて、売主に不利になっている点が見受けられることもあります。
(大手の両手取引比率が高いというダイヤモンド不動産研究所の記事)
先日も、大手業者取扱いの物件がマーケットに結構いい価格で出てきたと思ったらすぐに買付証明書が入ったということがありました。少し調べてみると、自社ホームページで先に公開し、REINSにはギリギリまで登録しなかったようなのです(専任媒介の場合の登録期限は7日間)。単独で見積もりを依頼してくれた売主に対し、買手が付きやすい価格を提示し、自社サイトで客付けをして『囲い込み』の完成という訳です。(推測も入っています)
これなんかは、もう少し上の価格でチャレンジできたと思うんです、売主は。最初から両手狙いの大手を信用し過ぎたばかりに、200万くらい機会損失を被ったといってもいいかもしれません。(200万円高く売れたという保証は何もありませんが、可能性として。)
新築マンションなんかだと、あまりにも早く完売してしまうと、値付けの担当者は怒られます。「値付けが安過ぎたんだ!」と。非常に難しい話ですが、期限ギリギリに完売になるくらいの価格が『最高の値付け』とされます。
マーケットに出て、すぐに買手が複数現れるような値付けは“失敗(安過ぎた)”と言えるでしょう。しかし、上述の通り、両手狙いの業者に、単独で査定を依頼すると「売れやすい価格」を提示される可能性もあります。売却を急いでいる方は、それでいいんです。ただ、少し時間に余裕がある場合には、両手狙いの業者には媒介を依頼しない方がいいです。それと、やはり売却価格の査定は、複数の業者から相みつを取ることをお勧めします。
【大手のいいところ】
大手業者の特徴は、やはり全国的なネットワークを持っていることであり、購入希望者もストックとして持っていることです。「両手仲介」も、大手は、できてしまうからやっているという面もあります。
大手業者のメリットを最大限享受できるのは、
●少し価格は下げてもいいから売却を急いでいる人
●1億円を超えるような高額物件等で、マーケットに厚みがない場合
等になるでしょう。
エンドユーザー(一般消費者)にも手が届く価格帯の物件で、そこまで売り急いでいないのなら、会社の規模よりも、どれだけ自分の物件の魅力を丁寧に発信してくれるか、というポイントの方を重視した方がいいでしょう。
まとめ
家の購入の際の業者選定と一緒で、人柄で選ぶのではなく「アクション」を見極めましょう。やることをきちんとやるかどうか、です。売却での「アクション」は、大きく分けたら2つ。
●物件の魅力を伝えようとする姿勢(具体的には、ホームページ等で詳しく、ストーリーも交えて発信してくれるか)
●内見、買付、契約等の段階に応じた実務的な段取り。報告・連絡・相談の徹底。
だと思います。