収益シミュレーション編
(3) 空室率の査定
前回まで、『賃料の査定』『賃料の下落率の査定』について記してきましたが、今回は、『空室率』について考えます。
『空室』とは、文字通り賃借人が退去してしまい、賃料が取れない状態のことです。この『空室』というのは、どんな好立地の人気物件でも生じます。前の賃借人が「退去」した場合、次の賃借人がすぐに決まったとしても、清掃やクロスの張り替え等のリフォームが必要となり、数年に一度は、どんな部屋でも『空室』の状態になるのです。
その前の賃借人の「退去」から、次の賃借人の「入居(契約開始)」までの期間などを見積もって『空室率』を査定します。
過去の実績から空室率を判断する
『空室率』の計算方法は、
【1】空室数に空室期間(月数)を掛けた数値
【2】全室数を12倍した数値(全室の年間賃貸月数)
を把握した上で、
【1】 ÷【2】 = 空室率
と計算するのが標準的です。
※もっと厳密にしたい場合は、月数ではなく日数で計算します。
ただ、直近の1年間のレントロール等の数字を採用すると、よほどの大規模物件でない限り、年ごとにかなりばらつきが出ます。
全10室の賃貸物件を想定したとすると、たまたま退去が重なって、10室中3室の入居者が入れ替わった年もあれば、1室の入居者しか入れ替わらなかった年もあると思います。
前の賃借人が退去してから2ヶ月で新しい入居者が入居してくれるという競争力を持つ物件で上記の条件を比較すると、
【10室中3室が入れ替わった年】 (3室×2ヶ月) ÷ (10室×12ヶ月) = 5%
【10室中1室が入れ替わった年】 (1室×2ヶ月) ÷ (10室×12ヶ月) = 1.67%
のように大きな差が出てしまいます。
このような場合は、「1部屋を単位に考えた場合の標準的な契約サイクル」を想定した方が当該物件に適当な空室率が算定される場合があります。
●2年契約の賃貸借契約を1度更新するのが通常(4年間居住して退去、というサイクル)
●退去してから次の入居(契約開始)までの期間を2ヶ月と査定
これを計算すると、
2ヶ月(空室期間) ÷ 50ヶ月(4年間居住+2ヶ月の空室期間) = 4%
となります。
レントロールを数年分もらえるのであれば、標準的な方法で「年ごとの空室率」を算出し、また、賃借人の「平均的な契約期間」を把握した上で、その平均的な「契約サイクルを基にした空室率」を算出して、両者を比較検討して当該物件の「空室率」を査定します。
ただし、ここで得られた数値は、あくまで過去のデータから導いたものなので、最終的な「空室率」を決定するためには、不動産市況や周辺の競合不動産の動向なども加味する必要があります。
《参考》
上の例で「退去してから次の入居(契約開始)までの期間を2ヶ月」としていますが、これは、実際の賃貸借の実務の流れから見ると短いでしょうか、長いでしょうか。
●前の賃借人から「退去」の申し出があると、「退去日」を確定し、その部屋の賃貸の募集を始めます。
●退去した後、清掃やクロスの張り替え、損傷がひどい時には修繕工事が必要となります。
●管理会社と連絡を取りながら、問い合わせや内見の件数の多寡で広告料や賃料の値下げを検討します。
●「入居申込み」があったら、管理会社や保証会社と共に審査をして、入居してもらっても大丈夫な人かどうかを判断します。
●「入居開始日(契約開始日)」を確定します。ここは相談で決まるのですが、「申込みから2週間程度で契約開始」とすることが多いです。
●契約・入居
というのが実務の流れです。「物件の競争力」と「修繕工事が必要かどうか」が、空室期間を大きく左右します。「空室期間が2ヶ月」というのは、決して長くありません。
※たまに「空室期間を1ヶ月」とするシミュレーションを見掛けますが、全室のサイクルとして「空室期間1ヶ月」は短過ぎると思います。
公開情報から空室率を査定する
ここまで物件ごとの『空室率』の査定について記してきましたが、新築の物件のようにレントロールがない場合は、どのように判断すればいいのでしょうか。
●総務省の「住宅・土地統計調査」から区ごとの空室率を算定
総務省が5年に一度調査している「住宅・土地統計調査」というデータがあります。総務省が調査したデータが公開されていますので、自身が調べたいエリアの空室率が分かります。
ただ、「2018年10月」に調査したものは、まだ概要しか公表されていません。市区町村等の細かいデータはないので、古いですが「2013年10月」のデータをここでは見てみます。
[例] 新宿区の空室率を調べる。
1.「住宅・土地統計調査」の中の「平成25年住宅・土地統計調査」を選びます。
2.「確報集計」の「都道府県編 (都道府県・市区町村)」の左にある「+」をクリックし、「13東京都」を選びます。
3.長いページの中段より下にある「市区町村」の「2 住宅の種類(2区分)・住宅の所有の関係(2区分)別住宅数,住宅以外で人が居住する建物数並びに世帯の種類(4区分)別世帯数及び世帯人員―市区町村」の「EXCEL」を開きます。
→このEXCELシートにある「新宿区 借家」の「住宅数又は住宅以外で人が居住する建物数」の数字が、「新宿区内の居住中の賃貸住宅の数」となります。2013年の数値は、「105,370戸」です。
4.次に更に下にある「28 住宅の建て方(4区分),構造(2区分)別賃貸用の空き家数―市区町村」の「EXCEL」を開きます。
→このEXCELシートにある「104 新宿区 賃貸用の空家数の総数」の数字が、「新宿区内の賃貸住宅の空き家数」となります。2013年の数値は、「21,590戸」です。
5.これにより、2013年10月の新宿区の空室率は、
21,590戸(空室数) ÷ [105,370戸(居住中の賃貸住宅の数)+21,590戸(空室数)] = 17.01%
と計算されます。
※2018年10月の市区町村データが公表されたら、やってみてください。
《参考》
▼LIFULL HOME’S 不動産投資 > 見える!賃貸経営 > 関東 >東京
https://toushi.homes.co.jp/owner/tokyo/
ポータルサイトであるこちらのページにも「空室率」が掲載されていますが、ここで表示される数値は、上述した「住宅・土地統計調査」の平成20年のデータを使用しているので、更に古い数字となっています。(2019年5月時点)
●J-REITの情報を参考にする。
狭いエリア(例えば、新宿区曙橋駅周辺)での「空室率」情報は、残念ながらありません。
ただ、参考にできる情報としては、「J-REIT物件の稼働率」があります。
まず、以下のサイト等から、「空室率」を調べたい物件の近くにあるJ-REIT物件を探します。
▼Japan REIT DB (https://www.reitdb.com/findmap.aspx)
Japan-REIT.comが提供しているREIT物件のマッピングサービスです。
▼キャップレートマップ (https://www2.capratemap.com/)
株式会社ICHIが運営する、Googleマップ上にJ-REIT物件が表示されるサービスです。
物件が見付かりましたら、その投資法人のサイトに行き、「IRライブラリー」の中の「有価証券報告書」を開きます。
すごく長い書類なので、物件名で文書内検索するのが早いと思います。すると、物件の稼働率が表示されている箇所があると思います。(投資法人によっては掲載のない場合もあります。)
この稼働率は、部屋単位ではないこと(賃貸面積単位等)が多いので、上述した計算式とは異なりますが、参考にはなると思います。
※「有価証券報告書」に記載がなければ、「資産運用報告」等も見てみましょう。
「空室率」の査定
上述した公開情報から空室率を調べる方法には、いくつか注意しなくてはならない点があります。
●総務省の「住宅・土地統計調査」データの注意点
先の説明の段階でお気付きのことと思いますが、
▼データが古い。
▼築年数、構造等の建物の違いが全く考慮されていない。
▼エリアが広すぎる。(新宿区でも、神楽坂と落合ではマーケットが全く異なります。)
等の問題があり、実際のシミュレーションでは参考にもしにくいデータです。
●J-REIT情報の注意点
こちらは、個別の物件のデータが分かるので、非常に有用ですが、
▼J-REIT物件は、大規模かつグレードの高い物件が多い。
▼月ごとの稼働率が掲載されている資料は大いに参考になる反面、期末時点の稼働率のみが掲載されている場合は、あまり参考にならない。
点に注意すべきです。
結論としては、既存の収益物件であれば、レントロールから算出した数値を基本として、専門家の意見やJ-REIT物件の情報を加味して、最終的な「空室率」を査定します。新築物件の場合は、専門家の意見や管理を任せようと思う会社候補数社からヒアリングした結果を基本とした上で、J-REIT物件の情報を検証材料とし、最終的な「空室率」を査定するのがいいと思います。
《余談》
エリアごとの「空室率」に一番詳しいのは、そのエリアで一番管理物件の多い「管理会社」です。当たり前のような話ですが、ここで問題なのは、この「管理会社」は、あまり正確な「空室率」を外に出したがらないことです。
「うちに管理を任せてもらえるなら、空室問題は解決します。」と謳いたいので、「空室率」というのは、“くさいもの”扱いになっていることが多いのです。
不動産価格の相場を調べるときと同様、「空室率」も自分である程度調べて、業者が提示してくる数字がおかしいか否かの判断くらいはできるようにしておきましょう。